指圧の伝道師 池永清!バンクーバーで指圧を普及する理由とは!

 

EnjoyCanada初!バンクーバーでビジネスを始めたオーナー取材ブログ始めました!

海外で活躍している人たちはどんな努力をして今を手に入れたのか?

また海外で何かにチャレンジしようとしてる人たちのヒントを伝えてくれました。

今日はJapan shiatsu college の池永清さんを取材しました。

 

池永さんのプロフィール

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東京生まれ。

実家は薬局屋さん、かたや父親は指圧師で小さい頃から指圧師という仕事を見てきた。自分のペースで仕事ができ、ありがとうと言ってもらえる仕事の魅力に惹かれる。指圧の道を辿り30年。これからの目標とはいかに?!

 

池永さんの生き方、バンクーバーとの出会いかたとは??

 

父親が指圧師だったことも影響があり、自身も指圧師になるが

29歳の時にアメリカ旅行に行き、現地の語学学校に通い、運命的な出会いをした!

運命的な出会いとは現在の奥さんとの出会いでした。

 

その後、トロント旅行を楽しんでいました。

その時に感じたカナダの印象が「日本みたいに周りを気にせずなんでもできる!昼からビール飲めるし、なんて最高な国なんだ!」とゆるいカナダの魅力に惹かれ、カナダに移民することを決意。

 

その後トロントで仕事のオファーをもらい指圧師と学校運営の仕事を任される。

それと同時にワーク申請と移民申請をしていたがなかなかワークが取れなく苦戦。しかし!移民の方はまだ希望があり、インタビューしにロンドンへ渡るも、

日本帰国を余儀なくされる。

 

「荷物もカナダにあるからせめて年末だけ荷物整理の時間を!」と懇願し

なんとかカナダに戻り、年明けに日本に帰国することになる。

日本帰国後、なんと移民申請が通りトロントに戻ることになったのです!

 

しかし、トロントに着くも仕事がなく崖っぷちのカナダ生活の始まりであった。

 

新婚旅行に行っていなかったため、奥様の希望の赤毛のアンで有名な

プリンスエドワード島を目的に陸路で向かうも途中道に迷い1号線を走り続け1週間後にはバンクーバーに着くという結果になりながら、

バンクーバーに運命を感じ、一生をバンクーベーで済むことを決意した。

最初に見つけた仕事が豆腐屋。しかし、「ここで何をしに来たんだ。。。」と気づき、4畳半の小さな部屋を借り、指圧クリニック開業する。最初はお客さんも来なく苦戦したが、新聞などのメディアに取り上げられるようになり、生活できるようになったのである。

クリニックが有名になった頃、故浪越徳次郎との出会いがあり

彼の言葉の指圧に天下に広める」指圧創設者の浪越徳次郎の言葉に感銘を受け、指圧の伝道師として、「日本の正しい指圧を世界に指圧を広める」というを決意。

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最初は4畳半から始まったクリニックも年間3万5000人も来店するほどの繁盛店にもなり、今後も指圧の普及活動にも力を入れている池永さんの指圧伝道師としての道は続く。。 。(池永さんのブログはこちら!)

池永さんのように指圧に対する思いを持つ日本人がバンクーバーで活躍することをとても誇りに思います!